私は素敵なインテリアの写真を見ても、いいなぁとは思うけど、ときめかない。
何故なんだろう?
それは私は写真を見ながら、こんなことばかり考えてるからだと思う。
例えば、高い天窓やむき出しの太い梁がお洒落な部屋の写真は「あそこの掃除は大変そう」
素敵な家具の写真は「これ素敵だけど手入れしにくそう」
棚に並んだかわいい小物達の写真を見ても「こういうのって埃が気になるなぁ」
エトセトラ、etc.
断っておくが、私は潔癖症でなければ、無類の掃除好きでもない。
それどころか私はズボラなので、わが家はあちこち汚れてて、埃だらけだ。
···と、ここまで書いて、気がついた!
私は本当は、ちゃんと掃除が行き届いた部屋で暮らしたいのでは!?
そういえば、思い当たる節はたくさんある。
ふだん掃除していて、食器棚の埃やシンクの汚れに気がついて、でもその時はそこを掃除する時間もないし、また後で···
お風呂を洗ってて、窓の下に黒カビを見つけて、漂白しなくちゃと思いながらも、その時は時間がなくて、また後で···
掃除機をかけてて、床が黒ずんでるのに気がついて、でも時間がないからまた後で···
そして言うまでもなく、また後で···は、できた試しがない。
そういう、気になってはいてもそのまま放置されている場所が、わが家にはそこかしこにある。
で、年末の大掃除の時に、まとめてやっつけようと思うのだが、これまた時間がなくて、中途半端なまま新年を迎えるのが毎年のお約束だ。
そうか、私が不満だったのは、これか。
実は、私は私の住まいがあまり好きではない。
だから以前片づけた後も、家がパワースポットにはならなかった。
今やっとその理由がわかった。
私は綺麗な家に住みたかったんだ。(「綺麗」というのは、「掃除が行き届いた清潔な」という意味で)
昔は年末の大掃除で片づけに時間を取られて掃除がちゃんとできなかったが、それは掃除と片づけを一緒に考えていたから。
そのこと(掃除と片づけは別)をこんまりメソッドで知って「そうか、まずは片づけなんだ!」と、片づけたのが10何年か前。
その時は一応、最後の思い出品までたどり着き、時間をかけてアルバムも片づけた。
それで私は、祭りの片づけをやり終えた!と、満足してしまった。
いや、その満足が悪いのではない。
問題はその後、掃除をしなかったことにある。
たぶんその時も私の片づけの目的は掃除だったのに、片づけだけで終わってしまった。
だから私はその後もずっとスッキリしなかったんだ。
STEP1の「理想の暮らしを考える」を、もっと突き詰めていれば、掃除にたどり着いただろうに。
「何故?」を何度も繰り返して自分に問えば、きっとたどり着いたはずなのに。
でも、今やっと私はたどり着いた。私の理想の暮らしは、お洒落な部屋ではなく、掃除が行き届いた部屋で暮らすことだったんだ。
そのために、まずは片づけを終わらせる。
よし!今度こそ大丈夫だ!
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